Sory,Japanese only.
このページでは、Real Audio G2プレイヤーで、実際のお囃子を聴いて頂けます。プレイヤーをお持ちでない方は、このバナーをクリックして下さい。 |
埼玉 熊谷市平成11年 7月20日(祝)、21日(水)、22日(木) 熊谷駅をおりますと、駅前広場正面にうちわ祭りの大きな幟幕がはためき、山車屋台を出す各区の辻々には、各種団体や企業の献灯の提灯棚が高くそびえ、会所も設けられていて、見て歩く人誰でもが、すぐにお祭り気分に引き込まれてしまいます。 昨年と同様に、駅前広場には筑波区の山車が待機しておりました。日本武尊の人形を掲げた江戸鉾台型山車です。唐破風屋根の蛙又と懸魚の彫刻、一層、二層の高欄は漆塗りの地に、金箔の飾り金具や彫刻が浮き出て、火炎を吐くが如く大口を開けた龍の下幕と、飛翔する鶴の刺繍の上幕で飾られた豪華な大型の山車です。 熊谷はこの外に、4台の江戸型山車と7台の屋台とで合計12台の山車、屋台がありますが、全て3輪式で、山車屋台とも大型です。
そう申しますのは、5台の熊谷の山車は、全て大型で、人形の頭迄の高さが6メーターにもなります。山車は自町の巡行時では、電線などの街路の障害物を避ける為、山車は2層目の鉾台と人形を、一層目の鉾台の中へ引き下ろしてしまいますので、残念なことに、折角の優美な江戸型鉾台山車の完全な姿が見られないのです。自町内を巡行する時の筑波区、第弐本町区(本三四区)、仲町の山車の画像を、クリックしてご覧下さい。どれも、一層目だけの姿ですので、少し、物足りなさを感じます。第壱本町区、銀座区の山車も同様でした。 昨年迄の、国道や、お祭り広場に、全山車が集合する叩き合いの時にしか、山車の全容が見られなかったことを考えると、今回の「渡御祭」日に初めて"19時から20時迄、駅前正面広場にて、初叩き合い"を実施したことは、観客への暖かい思いやりの現れで、本当にありがたかったです。来年も、今年同様に「20日の初叩き合い」を実施して下さい。
午後6時半、駅前付近は定期バス以外の車輌の交通規制が始まった。観客が次第に歩道を埋め始めました。午後6時40分頃、鉦と太鼓の音を響びかせながら、今年の年番を務める第壱本町区の山車が、神武天皇の人形を高々と掲げて駅前に姿を現しました。昼間の町内巡行では見られなかった2層目の鉾台と人形を上に伸ばした、江戸鉾台型山車の優美な山車の出現で、観客からドット歓声が出て、私も夢中で、カメラのシャッターをきりました。なるほど!大型で豪華な立派な山車でした。 午後7時10分、上鉾台を完全に伸ばした5台の山車と、本石(ほんごく)区、荒川区、鎌倉区、弥生町の4台の屋台とで、合計9台の山車と屋台が、駅前に整列完了しました。駅舎から見て、左から、銀座区、本石区、仲町、第弐本町区、第壱本町区、筑波区、鎌倉区、弥生町、荒川区の順番でした。 昼間の巡行時でのお囃子は、小中学生が演奏してましたが、叩き合いが予定された夜の巡行であるためか、どの山車屋台とも、経験豊かな大人の囃子衆達で占められ、囃子のベテラン揃いでした。手慣れた様子で、弾みを付けるように身体を左右に振って、太鼓のバチを握った腕を思い切り上へ高く振り上げて、掛け声を出しながら太鼓を思い切り強く叩く様子は、叩き合いが始まる前から、凄い迫力でした。多くの観客に囲まれ、山車屋台同士の対抗意識も昂揚するので、益々、お囃子に力が入るのでしょうね。
今年の熊谷うちわ祭りでは、年番町の第壱本町区の坂田文義氏が大総代です。午後7時15分、うちわ祭りのスタートを飾るセレモニーが大総代の挨拶で始まりました。大総代は、伝統のうちわ祭りの最高の権限を持ち、祭りの最高指令官であると同時に、その名誉は、後世に歴史として伝えられる権威ある立場です。大総代と記された手提灯を持って、左右隣には、観光協会の責任者と「’99年 桜の大使」のタスキを掛けた浴衣姿の美女を従え、大総代の祝辞(Real Audio G2)も大変、滑らかでした。
ページの続きを、下の"次ぎへ"をクリックして御覧下さい。 |
次ぎへ | |
このページの頭へ戻る | |
"山車の見聞録"へ戻る | |
トップページへ戻る |