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桐生市祇園祭"翁鉾"の"からくり人形"誕生の探訪記!

"桐生市本町三丁目って、どの辺?"

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"からくり人形"って、何んだね?

皆様は御存じでしょうが、簡単にご紹介します

著書をご紹介します。千田靖子(せんだ・やすこ)著「からくり人形の宝庫」中日出版社。名古屋生まれの著者は書き出し冒頭で、我が国における最も古いからくり人形は、平安時代の今昔物語に 登場する童子の人形。からくり人形は動く人形である。生命の無いはずの人形が、生きているように動くさまが不思議である。ゼンマイ仕掛け、人間が陰で糸や差し金を操作することによって、自動的に動いているに見えるもの、さまざまあるが、いずれも人間の知恵が人形に生命をふきこんだものだ。「からくり」の名が使われるようになったのは、江戸時代になってからで、それ以前は「あやつり」などと呼ばれていた。

からくりは「絡繰る(からくる)」(糸を縦横から組み合わせてつり動かす、陰にいて操縦する_広辞林)の変化したもので、ひとをからかうもの、あっと驚かす自動装置、即ち「機械」そのものを指す様になった。また、人形は単なる遊び道具ではなく、もとは神や人間の「形代(かたしろ)」として始まった神聖なものである。

人々の集まる宴席での座興に、神社で行う祭りの奉納芸に活躍したからくり人形が、二百年、三百年経た現代にも生き続けている。珍しく貴重なもの、高価なものとして、宮中、貴族への献上品とされるからくり人形も生まれたが、その後の発達にそって、からくり人形を大きく二つの種類に分けて考えることができる。一つは宮中で鑑賞あるいは愛玩するための「座敷からくり人形」と、今一つは戸外で祭に曳き出される山車に飾られる「山車からくり人形」である。

千田氏は著書の中で、愛知県は「からくり人形」を載せた山車の数では全国で最大の149輌で、からくり人形の数は370体以上と述べてます。この数は祭に出場する現役中の山車からくり人形についてのもので、曳く人手がなく、車庫にしまわれている山車、予備として出番を待機している人形、一部損傷して眠っている人形だどを拾い出せば、さらに数は膨れあがる、と述べて、愛知県は"山車からくり人形の宝庫"とも述べております。

関東では、茨城の日立風流物で4体、他の3体のみが現存するだけで、茨城以外の関東各地の山車からくりは皆無の状況でしたが、平成30年8月月4日、桐生市本町三丁目の翁山鉾に、"からくり人形"仕立ての第二の翁人形が誕生しました。


"山車からくり人形"の例



高山祭りの屋台


高山祭り 布袋台のからくり人形 綱渡り、反転・宙返りなど。関西の鉾、山車の人形は大半が"からくり人形"で、人形の仕掛け・所作が驚く程、精巧に出来てます。有名な"からくり人形技師の玉屋庄兵衛"のホームページに「山車からくり」の他、「座敷からくり」、「芝居からくり」などの紹介が掲載されておりますので、ご確認下さい。

名古屋・筒井町の山車 神功皇后と応神天皇、武内宿禰

神功皇后の変身からくり


"からくり人形師"九代目"玉屋庄兵衛

からくり人形とは?

玉屋庄兵衛(たまやしょうべい)は、からくり人形師。現在9代目。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)には、次の様に紹介しております。
享保18年(1733年)、在の名古屋市中区錦1丁目から2丁目、伝馬橋東から伝馬通本町までの東照宮祭「林和靖車」の鶴からくりの修理と操作指導のために、8代将軍徳川吉宗の厳しい質素倹約策に対抗して、遊興や東照宮などの祭の奨励策をとっていた7代尾張藩主の徳川宗春が、京都で活動していたこのからくり人形師を名古屋に招いた事から、名古屋を訪れ、翌年名古屋を再訪し、そのまま玉屋町(本町通の南、現在の中区錦三丁目)に移りすんだことから玉屋庄兵衛と呼ばれるようになった。この人物を初代とする。生没年不明。

尚、玉屋庄兵衛の画像をクリックしますと、玉屋庄兵衛の後援会のホームページが出ますので、ご覧なさることを薦めます。「山車からくり」以外の「座敷からくり」「芝居からくり」などの、からくり人形の詳しい説明が掲載されてます。

顔写真はこのページから転写しました。

玉屋庄兵衛の後援会のホームページの解説を以下、転載します。

「からくり」とは、広辞苑によれば、からくり[絡操、機関](カラクルの連用形から)@糸のしかけであやつって動かす装置。転じて、一般にしかけAしくんだことB絡操人形におなじ=ぜんまい仕掛けで、ねじを回せば動くように造った人形と定義されています。 「からくり」という言葉は、江戸期の古文書では、「カラクリ」「絡操」「唐繰」「繰」「機関」「機巧」「巧機」「旋機」「機捩」「関捩」「関鍵」「器機」「機構」など多くの文字で表記されています。科学的・技術的なメカニズム・機構を持って動くものや、手品のトリックようなものまで含めて、今日でいう機械、機構などで"動くものが"、「からくり」と大きくとらえられていました。 人形などの「からくり」を山崎構成氏は次のように定義しています。「(1)機巧はメカニズムである以上機械としての機構を有すること(2)機素と機素との相互関連で一つの運動が伝達されることに依って新しい運動現象が生れ、この(3)現象が連続せられることによって奇想天外な現象が起きる。これが「からくり」である。更らに(4)相対的関連によって生ずるが故に、甚だしく間接的であること、(5)この運動源になるものは人力、物的作用(バネ)又は流体力(水、砂)である。(6)糸操りの如く眼に見えるものではない(7)手妻人形の如く仕掛けを持つ直接的なものではない。換言すれば、「機巧とは機構(機素の相互関連のある)を有し、眼にはその仕組みが見えず、間接的であり、奇想天外な想像を絶する「芸」を展開するものを指す。」(『竹田機巧は現存するか』「日本演劇学会紀要」NO.9、1967年)


「平成30年の桐生祇園祭り」でお目見得した"からくり人形"仕立ての翁鉾のご紹介

「桐生タイムス」の記事

下の"からくり翁像"をクリックしますと、源頼朝像が翁へ変身するカラクリ所作がご覧になれます。



三丁目の鉾蔵に収まる"翁鉾"は囃子台の上には太鼓が置かれてません。その空いたスペースに別の翁像を置いたら、それもカラクリ仕掛けの"翁像"なら、蔵のガラス扉の外からも眺められるから尚一層、楽しいではないかと、三丁目町会長の原瀬さんがお話しておられました。

鉾の囃子台に"からくり翁像"が見えます。

"平成の翁"出現の大きな見出しの地元新聞「桐生タイムス」平成30年8月2日木曜日の一面の記事を紹介します。

今年の桐生祇園祭(3〜5日)で、第260年番を務める桐生市本町三丁目会が所有する「翁鉾(おきなぼこ)」。その上部に位置する人形を再現した「からくり人形」が、翁鉾のお囃子演奏などを行う舞台(囃子座)に設置された。製作者は同市相生町で看板店を営む佐藤貞巳さん(74才)で、約5カ月の製作期間を要し完成させた高さ1.5メートルの大作だ。本町三丁目の原勢隆一会長は、この日初めて同人形と対面。「素晴らしい作品。"江戸時代の翁"と"平成の翁"の共演ですね」と感動を口にした。同人形は桐生祇園祭でも不定期で展示される予定。翁鉾は幕末の1862(文久2年)に完成した桐生では珍しい金塗りの山車。最上部の人形は源頼朝と云われ、老人を意味する翁の面を付けている。普段は本町三丁目も蔵「翁蔵」に保管されている。これまで「100体以上、からくり人形の修復や製作をしてきた」という佐藤さんは、昨年の桐生祇園祭終了後、祭りの関係者が集まる席で、原勢隆一町会長に「翁鉾の囃子座には、普段は何も置かれずで寂しいから、からくり人形を作りたい」と話しを持ちかけた。そして今年3月頃から製作を開始。衣装は知人に依頼、それ以外は自分で木材などを買い集めて作り上げた。

完成した"からくり人形"は、手動で紐を引っ張り体を動かすことが可能。台座が約180度回転するほか、両手、両脚が動き、翁鉾の象徴的な「面」を自在に着脱できる仕掛けも組み込んだ。平成30年(2018)7月27日に、原勢町会長や通行人が見守る中、翁鉾の正面囃子台に"からくり人形"を設置。佐藤さんが実際に同人形を動かすと、「立派なものを作ったね」「いろんな人に見てもらいたいね」と云った声が飛び交った。「少しでも桐生祇園祭の話題づくりになればと」佐藤さん。同人形は祇園祭期間中、不定期で翁鉾の囃子座に設置し、能の音楽に合わせて佐藤さんが動かす時間を設ける予定。からくり翁人形は、祇園祭終了後も翁鉾に設置して、蔵のガラス扉越しに外から鑑賞できる時間を検討するとの事です。


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桐生の"玉屋庄兵衛"、佐藤貞巳氏の"からくり人形"作品


<子供和尚さんの読経>佐藤貞巳さんの御自宅の作業部屋にお邪魔して、撮影させて頂いた子供の和尚さんの読経の場面です。画像をクリックしますと、読経の所作がご覧になれます。木魚を叩き、目を閉じたり、開けたりの可愛い所作をご覧下さい。


<猿の駕篭に乗る"大国さま”> 佐藤さんの御自宅ではなく、平成30年11月19日、桐生市の西宮神社(阪神の西宮より関東一社分霊の宮)の"恵比寿講"の"西宮大祭"で、境内での余興「からくり人形芝居」で取材撮影。佐藤貞巳さんの操作です。画像をクリック下さい。駕篭に乗る"大国さん"が跳び上がる場面は大笑いです。


<釣りを楽しむ"ゑびすさま">駕篭に乗る"大国さん"と同様に、ゑびす講の「からくり人形芝居」で取材撮影。画像をクリック下さい。釣りざおを廻し、"ゑびすさん"が手足を跳ねながら釣りを楽しむ場面をお楽しみください。


大国さんの画像は佐藤さんの御自宅で撮影したものですが、動画は"ゑびす講市で賑わう"西宮神宮の拝殿の石段に設置された大国さんが、多勢の参拝者の皆さんへ歓迎の挨拶を送っておりました。電動の所作です。


この機織り娘の画像と所作の動画は"報道番組・ぎゃっぷ人"が作成した佐藤貞巳さんの放送番組から、佐藤さんの了解を得て、紹介します。佐藤さんの技量に感服。
 


こちらの凛々しい源頼朝のお顔と、次の翁の顔になった頼朝の変身場面は、NHKの放送番組の中で、佐藤さんが"からくり人形"の仕組みを説明しております場面をコピーした画像です。


笑顔の翁像は可愛いですね。  


広い境内には屋台店が軒を並べ、縁起もの、手拭い、茶、せんべい、年賀状など、日用品の店から、射的遊戯の店まで勢揃い。神楽殿の脇には「からくり 人形芝居小屋」が設けられ、随時、からくり人形の演技を観客の皆さんへ披露し、笑顔が絶えません。チラシをクリックしますと拡大します。 。


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