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かけがえのない文化遺産の山車・屋台を擁護し、継承しよう!

高崎東部地域 京目町の屋台の探訪記!

 

 平成14年2月の第二週から3週に掛けて、高崎市の東部地区の京目町を探索した。関越自動車道の高崎インターチェンジの料金所は京目町に属します。 前橋方面から一般道を使って埼玉・東京方面へ向かう車が頻繁に通る前橋・長瀞線と、国道18号線経由で長野・軽井沢方面から伊勢崎・栃木県方面へ向かう車で埋まる高崎・駒形線とが交差する京目町交差点は、終日混雑する県下でも名高い場所です。

 しかし、行き交う車で喧騒する道路から一歩外れると、先刻とはとって変えたような静寂の中、明るい陽射しを受けて、広々とひろがる田圃、ところどころに防風林で囲われた民家が点在し、そして背後には榛名、赤城の山の稜線が青空に映え、雪で覆われた谷川岳も遠望できる眺めは一幅の名画です。思わずホット見とれてしまう田園の町、京目町です。





  町の北端が前橋と接する京目町は、前橋・長瀞線の西側の中京目、上京目、二つ谷京目からなる田園地帯の西京目区域と、長瀞線の東側の団地や民家・商店の多い下京目区域とに大きく分けられます。


"なんと!京目町に豪華な5基の屋台が存在!


 中京目に住まわれて、西京目区域の区長でおられるる反町梅壽さん宅へお邪魔して、 京目町の屋台の様子をお聞きすることが出来ました。 京目町には5基の屋台が現存しておることが分かりました。旧地名で屋台の呼称が決まってます。上京目地区には3基の屋台があって、北小路、上組、大河原組の屋台と呼称されてます。 中京目地区は1基の屋台があって、中小路の屋台と呼ばれてます。 下京目地区は1基の屋台があって、下京目の屋台と呼ばれてます。

 反町区長さんから5基の屋台の写真をお借りすることが出来ました。町の北寄りに昔からの地元の鎮守様で、和泉神社があります。3月15日と10月9日はこの鎮守様の例祭ですが、屋台の曳き廻しはやらない。区長さん自身、笛にも親しんでいたので、終戦後は屋台が出る機会がめっきりなくなってしまったので、寂しいと話してました。 そんななかで、京目町の南側を東西に走る県道の高崎・駒形線は主要地方道としての整備拡幅工事が完成し、道路完成記念の祝賀屋台まつりが昭和54年10月8日、全京目町を挙げて行われた。その時の5基の屋台の勢揃いの画像です。

 <道路完成記念祭りの勢揃い> 左から、北小路、上組、大河原組、中小路、下京目の各屋台。写真で見る限りですが、5基ともよく似た様式・形式の屋台です。大きさは根小屋や山名の屋台よりは小ぶりです。


京目町の5基の屋台


 (左) 北小路の屋台  (右) 中小路の屋台

上組の屋台

下京目の屋台 

大河原組の屋台

 高崎南部地域の4町と、東部地域の京目町の屋台探訪を始める際には、正直、こんなに多くの屋台が高崎にあるとは思いもしませんでした。ただ、今回の調査は聴き取りだけであって、実際の祭礼の場で見聞したものではありません。事前にお願いのご案内状をお送りしてありましたので、各町の皆さんが地元の祭礼写真を探し出して置いて下れたり、いろいろと準備を先にして下さった方が殆どだったので、効率のよい有意義な聴き取り調査が出来ました。
 今回の調査で合計9基の屋台の存在を知ることができました。しかし、あくまでも写真だけの知識でしかありません。そして、近い将来に、実際の現物を見られる可能性があるのは、これら9台の屋台のうちで、僅か1基、山名町の道祖神屋台だけです。
一昨年の平成12年の高崎市制100周年記念の行事の一環で、市内の存在する山車・屋台を一堂に集めて、その存在を披露しようとの計画にも、この9基の屋台からは1基も出場してません。その一番の理由は、"組み立てられる人がいない" でしたが、これから先、根小屋、山名、京目などの屋台がこのまま、埋もれたままになってしまうのは、ほんとうにもったいない限りです。

京目町の屋台蔵


 この京目町屋台探訪記の冒頭に掲載しました京目町の略図の中の☆印は、屋台蔵のある場所を示します。京目町の5基の屋台は全て、しっかりした倉庫に保管されてます。"屋台の次の出番はいつになるかは分からないよ"と京目町の皆さんは話しておられましたが、屋台を町の文化財として、大切に保存管理していこうとの気持ちが立派な屋台蔵に現れているのではないでしょうか。

 (左) 北小路と中小路の屋台蔵。和泉神社の境内に共有の屋台蔵として新築。 (右)上組の屋台蔵。町道の角に一戸建て。二重の屋根。

(左) 大河原組の屋台蔵。白壁の土蔵の前の木造平屋が屋台蔵。 (右) 下京目の屋台蔵。交通量の多い京目町交差点の東脇の一戸建て。下京目文化財倉庫の看板がしゃれている。

 京目町には町の総鎮守である和泉神社があります。春と秋の2回ある和泉神社の祭礼のうち、秋祭りには1基だけでも年番で屋台を出す様にして、京目町の山車まつりを復活させて下さい。

 祭りは地域社会の活性化に必ず、役立つと信じております。毎年、お隣の埼玉県栃木県では各地で盛んに山車・屋台まつりが行われてます。両県で曳かれている山車・屋台は全てが豪華なものばかりではありません。祭りでは屋台の良し悪しは全く関係ありません。祭りを実行して自ら参加してみて下さい。お囃子をやらなくても、一緒になってやってみて下さい。誰もが祭りの笛や太鼓の音に故郷や幼い時を思い出して、たとえ見るだけでも郷愁を味わいさせてくれます。山車・屋台まつりは、ほんとうに素晴らしいです。

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