Sory,Japanese only.





  首都高速道からも楽にジャンクできるようになった関越自動車道を、東京練馬から突っ走ること一時間と少 しで、高崎です。 いやぁ〜ん,車は嫌いとおっしゃる方は、上越新幹線に東京駅 から乗られるのが一番かも。しかし、JRをお使いになるなら、車窓からの風景を楽し んでもらうのも旅の情緒かも。それには、東京の北の玄関、上野駅でJRの始発に乗ら れることがお薦めです。

 上野の始発で新潟、長野方面を結ぶJR上越線や信越線は高崎までは、高崎線と呼ば れてます。5番か7番のホームで、快速"アーバン"に乗れば1時間半で高崎です。高崎 線は、東京人と日常の生活が全く一緒といってもよい埼玉の人達の脚の一つですから、 始発の各電車とも出発間際は座席は満席ですから、時刻表をご覧なって、15分位前に並 んで貰えば間違いなく座れます。

日本100名山の一つ 赤城山  AM 6:00 21 Jun 97

 途中、埼玉県でありながら、"新副都心"構想が進む活気みなぎる浦和、大宮を過ぎ、 関東平野を北進し、熊谷を過ぎると進行方向右の車窓に、群馬のシンボル赤城山 (あかぎやま)が見えてきます。左右に裾野を綺麗に延ばす赤城山です。背丈がもう少 し高かければ富士山のようになっただろうと思わせます。いつだったか、乗り合わせた 年輩の人が初めてらしく、赤城山の名前をわたしに尋ねてました。何か印象を持たれた からでしょう。
生まれ故郷から外へ出て、久しぶりに古里へ帰ると、最初に眼に入 るのは、住み慣れている時は意識から遠のいていた古里の山河の姿ですね。

 高崎市は、関東平野の西北、鶴舞う形の群馬県の中心部にあり、これから先は 、新潟、長野との境となる山岳地帯に入ろうとするところに位置しますが、東南方向の 視界は、広く関東平野が拡がる平坦地であります。東京から100qの地点にあって上信 越、東京間の関所的位置になります。
 北東に赤城山、北に榛名山、その間から 谷川連峰が望まれます。西には妙義山、煙吐く浅間山を望見する地で、やがて利根川 本流に合流する烏川は、碓氷川(うすいがわ)と合流して西南部を流れ、市の東部は 利根川に接しています。

高崎駅西口側市街図

 この図は手で書いた略図です。図中上下の赤丸の北と南をクリックしますと、その付近の正確な地図にジャンプしますので、是非、ご覧下さい。YAH00!MAPS社さんの提供です。でも、行きっぱなしにならずに、必ず、お戻り下さいネ。(^o^)

ウわぁ〜!山車の絵が道に!

  高崎駅西口のメインロードを進んで、最初の交差点を左折するとワシントンホテルと 市立南小学校の前の道路になります。この道路の歩道に、高崎の各町内の山車の絵 が描かれた横30p,縦50pのタイル板が、ずらりと一列に並んで張られております。 初めてここを歩かれた方は皆、"まぁ〜"と、立ち止まってしげしげと、ご覧なってます 。

 総数36台もの山車を保有する市町村がもし、他にあるとしても、駅前の目抜き 道路に堂々と展示を行う高崎市民の、山車に対する入れ込み具合の大きさが判ると云っ てもいいでしょう。

 宮大工が腕を奮って彫った豪華な彫刻は、漆や金箔で彩られ、 金糸銀糸で刺繍された松や鶴、逆巻く波頭などの錦絵が描かれた赤と緑の幔幕で飾られ 、山車の象徴である人形を高だかと迫り上げた山車は、完成された伝統芸術の造形美を 感じさせてくれます。

 30数台の山車が勢揃いし、祭り衣裳で着飾った囃子手が奏 でる山車囃子は、見る人、聴く人の全身に滲み込んで、感無量としか表現ができない感 激を呼び起こすものがあります。

 高崎は、明治33年(1900年)4月1日に市制が 施行されましたので、20世紀の最後の年、平成12年(2000年)の4月1日、市制施行100周年を迎えました。市制施行100周年記念の行事が、西暦2000年の元日から一年間を期間として、全市挙げての盛りだくさんの記念行事が行われました。なかでも、市中全部の山車が勢揃いする夏の高崎まつりは、記念行事のクライマックスを飾ってくれました。記念行事の様子を"Hello 2000 in Takasaki"で、皆様にご紹介致しておりますので、ここをクリックして、ご覧下さい。

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